下界からの復活

名古屋のキックボクシングジム[GET OVER]代表、中島稔倫のブログです。下界からの復活

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下界からの復活



現在名古屋では有名な接骨院院長、埜谷悟。
のや接骨院、ぱんち接骨院、あすなろ接骨院の3件を経営し、その職種とは全く正反対な独特な恐いキャラで夜の町でも人気を集めている。BRIDGEではおなじみのリングアナ。 大和40周年興行ではやまとやムエチキ氏と共にプロ並のリングアナをやってくれました。
そんな埜谷院長、昔はキックボクサー。大和ジム時代の僕の2世代後の後輩。
全日本時代はデピューから4連勝4連続KO勝ちを記録し95年度全日本新人王。
その後、ニュージャパンと分裂してからはNJKFウェルター級9位までのぼりつめました。
ちなみに95年度の全日本の年間表彰は僕も敢闘賞をもらい埜谷と一緒に東京へ行きました。
この時代は全日本の全盛期でこの年の覚えている各賞受賞者をあげてみると、優秀選手賞ー前田憲作、敢闘賞ー遠藤直樹、中島稔倫、努力賞ー小林聡、北川銀次、年間最高試合ー立嶋篤史VS遠藤直樹、ゴング格闘技賞ー貝沼慶太、新人賞ー埜谷悟。
他にも受賞者がいましたが覚えてるのがこれくらいです。
熊谷直子、土屋ジョーなどいましたが受賞した賞がなんだったか覚えてません。ただこの顔ぶれ、この頃の全日本キックがどれだけレベルが高かったかおわかりになるでしょう。
つまりそんな時代に新人賞を受賞した埜谷院長。
今はあんなや○ざみたいですが、一昔前は将来を期待されたキックボクサーだったのです。
ちなみに今日の約12年ぶりジムワーク。サンドバッグで足がつり、続行不可能となりました。
本人はかなり悔しかったようで来週から週3でジムに来るようです。
山本恭太同様コーチとして指導もしてもらいます。
しかし昔は昔。
少し動いて足がつってしまうコーチでは困ります。
来週から夜のネオンはしばらく自粛し、肉体改造を目指すとのことです!
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2010/06/19(Sat)
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