激動の2015年

名古屋のキックボクシングジム[GET OVER]代表、中島稔倫のブログです。激動の2015年

激動の2015年

毎年清水寺で発表される今年1年を表す文字は‟安”でした。
僕自身の今年1年を文字で表すとしたら‟進”と言う文字です。
昨年12月27日に親父が亡くなり間もなく1年。
余命宣告を受けて人間の最後の最後を見届けて感じた事。
健康年齢やら太く身近い人生やら綺麗ごとを並べる人たちがたくさんいるけど、人間病気になりたくてなる人はいない。
どんな死に方であれ人間生まれてきた時点で寿命は決まっているという。
病院のベッドで声にならない声で親父が言った「生かされているんだから生きなきゃ」。
生かされているからには今を精一杯生きよう!
そんな新たな気持ちでスタートした2015年。
僕の45年間の人生の中で一番激動の1年間でした。
もっと言うのであれば「でした」ではなく振り返る暇のない激動中の年末でまもなく2016年を迎えます。
年明けと共に実家の事やら親父の残した事の整理から始まり、迷いに迷って自分の子供たちの代になった時の事も考え僕の代で5月に中島家先祖代々のお墓を静岡から緑区の実家近くの緑が丘公園に移しました。
2月くらいからお墓を移す準備を始めた頃、生涯スポーツセンター7階のダンスチームが撤退するという話を聞き、僕の中で「チャンス」と受け取り7階を借りる準備も進めました。
自分の思い通りに話が進まず撃沈したり「もうだめかな?」って思う連続だったり・・・・・。
ただ、「やる!」って言ったからには後には引けず、なんとか光の見えそうな道を探した毎日。
「今しかできない事を全力でやろう!」
この事だけ考えて走り回っていたらやっと光が見えてきたのが7月くらい、やっと契約まで辿り着きました。
そんな7月末には毎年恒例の仙台遠征、そしてその仙台で初のプロレス参戦。
仙台東口プロレスDRAGON66、そして関西西口プロレスのアントニオ小猪木さん二人と戦いました。
8月にはKrush名古屋大会にて泰斗のタイトルマッチ、そしてroad to SENDAI2015に準備がスタート。
本当は10月からWOMEN'Sの内装工事に入り11月1日オープンの予定だったんだけど、road to SENDAIの準備と並行してやるのは無理だと判断し、11月から内装工事開始し12月1日にオープンとなりました。
今現在、まだまだWOMEN'Sもオープンしたばかりで不安の塊だけど、人生不安と挫折かあるから本当の喜びがある。
人生トータルだと考え、痛み苦しみの後には必ず喜びが待っているんだと信じて、辛い期間を楽しめる精神力を磨いて頑張って行こうと思います。
親父が最後に僕に言った言葉
「人間働かなくなったら終わりだ」
食事も通らなくなり声もまともに出なくなった親父が言った言葉は、どんな大きな叫びよりも心に響いた。
今しかできない事を全力で取り組み後悔しない事、そして失敗を恐れない事。
そして、諦めない限りそれは失敗ではないと言う事。
親父は最後、呼吸が止まって数秒してから明らかに頬が上がって笑顔で旅立った。
その顔を今でもはっきり覚えているけど、誰に聞いてもドラマのワンシーン以外、モルヒネを投与されてから呼吸が止まった後笑顔になることはないと言う。
親父が枕元に出てきたら聞こうと思っているけど、1回だけ夢に出てきたっきり出てきてくれないです(笑)
昨年末から本当にいろんな事があったけど、今年はいろんな壁を乗り越えて乗り越えてなんとか新たなスタート地点に立ちました。
後は上を見て昇って行くのみ。
今週日曜日、12月27日は親父の命日であり一周忌法要です。
去年の12月27日から始まった1年を一周忌の前に振り返ってみました。





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2015/12/23(Wed)
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